vol.297 【トマトのダークツーリズム案内】米軍が初めて上陸したダナンのビーチに行ってみた

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基地の街ダナン

ダナンといえば近年注目を集めているビーチリゾートとして有名です。

トマトが現在住んでいる家の周辺でも大小問わずホテル建設が盛んで、毎日そこかしこに工事の音が鳴り響いています。

しかしそんなダナンはほんの数十年前までは「基地の街」であったことはあまり知られていません。

ベトナム戦争の時、ダナンには大規模な米軍基地があり、テト攻勢の時には激戦地にもなりました。

テト攻勢=1968年1月末の旧正月(テト)に、南ベトナム解放民族戦線が南ベトナムの主要な都市や軍事基地を対象に行った一斉攻撃のこと。

ダナンとダークツーリズム

しかし現在のダナンにはそのような戦争の歴史を感じさせるスポットを見つけるのは非常に困難です。

ダナンでは綺麗な海や風光明媚な景色ばかりが取り上げられ、いかにも表面的で薄っぺらい観光地の消費のされ方をしているなと思います。

トマトはもっとその土地ならではの深みのある歴史を知りたいのです。

そういった思いから、今回は通常のダナン観光ではまず触れられることのないスポットを紹介したいと思います。

また、観光地として脚光を浴びづらい場所に焦点を当てるために、ダークツーリズムという視点を持つことはとても重要です。

ダークツーリズム=戦争や災害の跡地など、人類の悲しみを巡る観光形態のこと。

観光は「国の光を観る」という意味が語源の言葉です。光があるということはそこには必ず陰も存在します

そんな観光の陰の一部を一緒に見てみましょう。

トマトのダークツーリズム案内第一弾はこちら↓

vol.258 [トマトのダークツーリズム案内] 僧侶の焼身自殺跡地

2017.07.28

名も無きビーチ

1965年3月にアメリカ海兵隊がベトナムに初めて上陸したといわれるビーチに行ってみました。

そのビーチはダナンの中心部からバイクで10分ほどいったところにある名も無いビーチです。

外国人観光客でにぎわう有名なミーケービーチとは真逆で、このビーチでは地元の人が散歩したり、ボーッと海を眺めてたりして非常にローカルな雰囲気が漂っています。

みんな基本的にぼーっとしています。

黄昏るのにはとってもいいところ

一見するとこれといった特徴が見当たらないので何も言われなければ完全にスルーしてしまいそうなビーチです。

しかし、実はここはアメリカのベトナム戦争における重要な転換点を表すビーチだったのです。

歴史的背景

1965年のダナンの海兵隊上陸以前は、アメリカは南ベトナムを支援するという名目で、軍事顧問団(軍のコーチ、専門家)の派遣はあれど、大規模な軍隊の派兵はまだありませんでした。

つまり、この時点ではまだアメリカは形としてはベトナム戦争に参加していませんでした。

しかし1964年のトンキン湾事件をきっかけに、アメリカはベトナム戦争に直接介入してくるようになります。

トンキン湾事件=北ベトナムのトンキン湾上で、米軍の駆逐艦が北ベトナム軍からの攻撃を受けたとする事件。この事件は後に北ベトナムを直接攻撃する理由づけとして米軍がでっちあげた謀略として明らかにされた。

この事件を機に1965年2月から米軍は北ベトナムを空爆する「北爆」を恒常化させ、1965年3月8日にアメリカは海兵隊の地上戦闘部隊3500人をダナンへ上陸させます。

上の写真にある海兵隊が上陸した場所がさきほどのビーチなのです。

しかもその海兵隊は沖縄の米軍基地に駐留していた海兵隊でした。

つまり、アメリカがベトナムに本格介入するきっかけは沖縄の米軍基地から始まったとも言えます。決して日本も無関係ではありません。

その第一陣の上陸をきっかけに1965年末までには米軍の数は18万人にまで膨れ上がり、その3年半後には米軍の数は最大54万人にまで達します。

つまりこのビーチはベトナム戦争におけるアメリカの本格的な戦いが開始され、戦争の泥沼にはまっていく出発点だったのです。

ちなみに最初に派遣された部隊3500人とその他の部隊を合わせて1965年5月に「第3海兵水陸両用軍」という大部隊が形成されます。

その第3海兵水陸両用軍は後に「第3海兵遠征軍」となり、沖縄に司令部を置くアメリカ国外唯一の海兵遠征軍として現在も存続しています。

ダナンに上陸した海兵隊と沖縄は非常に密接に関わっているというわけですね。

第3海兵遠征軍の司令部がある沖縄県うるま市のキャンプ・コートニーのゲート。トマトが沖縄に住んでいるときに撮ったものです。真正面から撮ると怒られるのでやや遠めから撮影しています。

視点を変えると見えてくるもの

こういった背景知識を持つと、ただの寂れたビーチがとても重みのある場所に見えてきます。

しかし残念ながらビーチ周辺にはそのような形跡をたどれるような看板や石碑などは全くありませんでした。

また、このビーチの場所を明確に示している情報が見つからず、トマトはベトナム語のサイトから昔の地名を頼りに今回の場所を探しました。

そして昔と現在の写真の山の稜線が同じだったので、この場所で確信しました。

山の稜線が同じ!少し感動!

山の地形は時が経ってもそうそう変わるものではないので歴史を探る際にはその土地の地形というのは非常に参考になるんですね。これはブラタモリから学んだことです(笑)。

まだまだダナンにはこういったベトナム戦争関連のスポットがあるはずなので引き続き調べていきたいと思います。

場所

・thanh khê地区周辺のビーチ。昔の地名はPhú Lộc・Xuân Thiều地区

参考図書・ウェブサイト

・遠藤聡『ベトナム戦争を考えるー戦争と平和の関係ー』明石書店 2005
・三野正洋『わかりやすいベトナム戦争―超大国を揺るがせた15年戦争の全貌』光人社NF文庫 2008
・「50 năm ngày Mỹ đổ quân vào Đà Nẵng」
https://vnexpress.net/tin-tuc/thoi-su/50-nam-ngay-my-do-quan-vao-da-nang-3152934.html
・「50 năm quân đội Mỹ đổ bộ Đà Nẵng qua ảnh quốc tế」
https://news.zing.vn/50-nam-quan-doi-my-do-bo-da-nang-qua-anh-quoc-te-post520662.html
・「Đà Nẵng cuối tuần 50 năm Mỹ đổ quân vào Đà Nẵng: Nhật ký ngày 8-3-1965」http://www.baodanang.vn/channel/5433/201503/50-nam-my-do-quan-vao-da-nang-nhat-ky-ngay-8-3-1965-2399736/index.htm
・「アメリカ合衆国海兵隊研究サイト」
http://www11.plala.or.jp/Gang-Ho/history/vietnam/index.html

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