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vol.459 わかりやすいベトナム言語史講座

この記事はトマトのYouTube動画で評判が良かったものを文字起こしし、わかりやすく加筆修正したものです。

動画版はこちら↓

今回は「わかりやすいベトナム言語史講座」というテーマで、以下の疑問に回答しながら解説していきたいと思います。

  • 今使っているベトナム語の文字はどのように生まれ、どのような過程を経て定着していったのか?
  • ベトナムは昔漢字を使っていたのか?
  • チュノムって何?

でははじめていきましょう。

今使っているベトナム語はいつできたのか?

現在みなさんが習っているベトナム語は、クオックグーと呼ばれます。クオック(quốc)は【国】、グー(ngữ)は【語】なので直訳すると「国語」となります。

クオックグーは17世紀にキリスト教布教のため、フランスの宣教師が作ったものが元になっています。

上の画像のアレクサンドル・ドゥ・ロードという人が1651年にクオックグーを作りました。

しかし当時クオックグーは布教用として使われただけで、一般のベトナム人にはまだ普及していませんでした。

時がたち、19世紀後半のフランスによる植民地化政策により、フランス語をベトナムに普及させるための補助言語として、クオックグーによるベトナム語のローマ字表記化が進められます。

しかしそれもあくまでフランスによる強制的な政策だったので、ベトナム知識人の反対も強く、この段階でもクオックグーは一般層には普及しませんでした。

しかし、ベトナム側からそのクオックグーをあえて受け入れようという運動がでてきます。

その目的はクオックグーを受け入れることによってベトナム語の音と文字を一致させ、ベトナム人が民族としてのアイデンティティーを獲得し、フランスの植民地化政策に反対するためでした。

このように19世紀後半から20世紀前半までは、クオックグーを受け入れるべきか否かという議論が起こっていました。

そしてその議論に終止符を打ったのが1945年のベトナム民主共和国の独立でした。ベトナム民主共和国初代主席のホーチミンが独立宣言文を読み、ベトナム民主共和国が成立した時です。

独立と同時に政府は国民の識字率向上のため、このクオックグーを受け入れてベトナム語の公式な表記文字とすることを定めました。

ちなみに1945年のベトナム民主共和国の成立は9月2日に行われました。これは日本が戦艦ミズーリ号で降伏文書に調印した日でもあります。つまり日本の降伏とベトナムという国の成立が同じ日に行われたのです。

1945年以前は公式な文書は何で記録していたのか?

そこでひとつ疑問が思い浮かびます。1945年にクオックグーがベトナムの公式な文字として定められたということは、1945年以前のベトナムでは公式な文書は何で記録していたのでしょうか。

実は1945年以前は漢文で記録していました。皆さんが中学、高校で習ったあの漢文です。つまり中国語で記録していたのです。

漢文を公式文書にしていた歴史は非常に長く、北属期(中国がベトナムを支配していた時期)である紀元前111年~938年の約1000年間、及びベトナム独立後の期間1075年~1915年の間です。つまり約2000年近く漢文がベトナムの公式の文字だったのです。

このようにベトナムではそもそも外国の文字、言語を使わないと文字として記録できませんでした。ベトナムの歴史や文学も、そのほとんどが漢文で記録されていたのです。

例えばこの『大越史記』というベトナムの最初の歴史書ではもちろん漢文で記されていました。

他にもホーチミンさんが投獄されているときに書いた『獄中日記』、これも詩という形ですが、漢文で記されていました。

このようにベトナムでは独立後も漢文、つまり中国語と密接に関わっていたので、ベトナム語に漢越語が非常に多いというのも納得できます。

漢文以外にもベトナム語を文字として記録する手段はなかったのか?

約2000年間ベトナムでは漢文が公式な文書として記録されていました。

しかしその間も、ベトナム語は日常で話され、音として存在していました。ではそのベトナム語を文字として記録する手段はなかったのでしょうか?

実はありました。それが「チュノム(chữ nôm)」です。チュノムの歴史は古く、10世紀頃に始まり13世紀頃にはすでにベトナム知識人に定着していました。クオックグーよりもはるかに早く、発明されていたのです。

しかしそのチュノムも一般層には普及しませんでした。

それは高度な漢字の知識を必要としたからです。そもそもチュノムは音を表す漢字(表音文字)と意味を表す漢字(表意文字)が組み合わさったハイブリッドな文字です。

高度な漢字の知識と素養がないとそもそも理解し、書くことができなかったので漢字すら知らない一般層には当然普及はしませんでした。

チュノムとは

では実際にチュノムがどういった文字なのか見てみましょう。

上の図をみてください。赤い線を引いた上側の部分が漢越語及びそれに対応する漢字です。我々にも馴染みのある漢字がたくさんありますね。

そしてその線から下の部分がチュノムです。チュノムは漢越語ではない純粋ベトナム語を漢字化させたものです。

例えばこのconのチュノムを見てみましょう。conは純粋ベトナム語で「子供」という意味です。

左側の字を見てください。これは「子」ですね。子供の意味があてられている表意文字になります。そして右側は昆虫の「昆」です。これはconの音に似た字の昆(コン)があてられている表音文字になります。

それらが合わさった形がチュノムになるわけです。

他にもbòのチュノムを見てみましょう。このbòは純粋ベトナム語で「牛」という意味です。これもさきほどと同じように左側の「牛」が意味としてあてられている表意文字の部分です。

そして右側の「甫」は「ホ」と読み、音がbòと似ている字としてあてられている表音文字の部分になります。

このように漢越語ではない純粋ベトナム語を漢字化させるために、表意文字と表音文字を組み合わせた文字をチュノムといいます。

あと面白い例が、nămのチュノムです。

nămは「数字の5」と「年」という2つの意味があります。

まず「年」の意味の方のチュノムは、まず左側の「南」の字が音としてあてられています。そして右側の「年」の字が意味としてあてられています。

「数字の5」の意味の方も、まず左側の「南」の字が音としてあてられ、右側の「五」の字があてられています。

このようにクオックグーのnămの字だけでは意味を区別できなかったものが、チュノムでは上の字のように区別できたわけです。

このようにチュノムという独自の文字を開発したベトナム人ですが、高度な漢字の知識を必要としたため、普及せずに廃れてしまいました。

後にフランス人によるクオックグーが発明され、普及されるまで文字の記録は20世紀前半まで待たなければなりませんでした。

チュノムをスマホで打ってみよう

このように複雑で難しいチュノムですが、実はスマホで簡単に打てる方法があります。

まずスマホアプリの「Nom Keyboard(Chu Nom Editor)」をインストールします。

キーボードの設定が出ますのでNom Keyboardをオンにします。

次に上のようなエディター画面が出ます。この画面でNom Keyboardを開き、通常のtelex方式によるベトナム語を打ち込みます。

例えばtênと打つと候補のところにチュノムが表示され、tênを簡単にチュノムに変換することができます。

※ただしこのNom Editor上でしかチュノムは正しく表示されないので注意してください。他のエディターでNom Keyboardを使って打ってもほとんどが無効の「×」の形でしか表示されません。

チュノムに興味があるかたはこのNom Keyboardを使ってベトナム語の奥深さを味わってみてください。

「tôi tên là Cà Chua=私の名前はトマトです」をチュノムで打ってみました。なんかヤンキーの標語みたいな感じで面白いですね笑

2件のコメント

お尋ね致します。現在のベトナムの大乗仏教徒はどんなお経を読むんですか?漢字で書かれた漢文のお経は、漢字教育を受けていない現代のベトナム人には困難ですよね。では、現代ベトナム語に訳されたローマ字表記のお経を読むんでしょうか?大乗教典の中で、そもそも現代ベトナム語に訳されているものがあるのでしょうか?

通常ベトナムのお坊さんは漢字をベトナム語化させた経典を読んでいます。漢越語を使えば漢字の知識がなくても意味をとることができます。

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