前回は中部で使われている単語について紹介しましたが、中部方言を学ぶ前に、1つの素朴な疑問が浮かび上がります。
そもそも中部方言の“中部”ってどこからどこまでを指すの? ということです。
みなさんもなんとなくはわかると思いますが、具体的にどこからどこまでの範囲を指すかはほとんどの人がわからないと思います。
中部方言について語る前に、中部という地域の定義について考えなければなりません。
実は中部の定義は地理的な区分と言語的な区分とで違いがあるんです。
地理的区分での中部

地理的な区分での中部は北のタインホア省から南のビントゥアン省までを指します。
その中部はさらに北中部(bắc trung bộ)、沿海南中部(duyên hải nam trung bộ)、中部高原(tây nguyên)の3つに細かく分かれます。

通常これら3つを合わせてベトナム人は中部地方(miền trung)と呼んでいます。
地理的な区分での中部は北から南まで非常に細長く、ベトナムの多くの部分を占めているのがわかりますね。
言語的区分での中部
一方で言語的な区分での中部の範囲は大きく異なります。

言語学上の分類での中部(方言)はゲアン省からフエまでを指します。
地理的な区分と比べるとだいぶ範囲が狭まりますね。
そして地理的には中部に属していたダナンより南の沿海中南部や中部高原地方では言語学上の分類では南部弁を話す地域にあたります。
もちろん同じ南部弁といってもメコンデルタ地方の南部弁と中部高原地方で話す南部弁には細かな違いはあります。
しかし両地域ともベースとなっているのは南部弁で、大きい括りでいえば同じ種類の方言を話しているということになります。
中部の中心都市ダナンは何弁?
ダナンは言語的区分によると南部弁の北限にあたります。
ダナンは地理的には明らかに中部に属していますが、ダナンの人の話す言葉は南部弁が中心となっているということです。
ダナンの人達とコミュニケーションをとっていても確かにホーチミンで話されている南部弁と感覚的にはそんなに変わらない感じがします。特に発音や単語が大きく違ったりして困ったことはありません。
しかし、ダナンでは8人に1人くらいの割合でなまりが強くてめちゃくちゃ会話しづらい人に出くわします。
そういう人の出身地を聞くとだいたいゲアン省やハティン省、フエ出身の人です。
これらの省は言語的区分での中部弁を話す人達です。ゲアン省〜フエの地域ではベトナム人の間でも特に会話が困難な地域として有名です。
だからこの言語的な区分は自身がダナンに住んでいる経験からも間違ってないなと強く思います。
中部のズレ
2つの区分を比較してみましょう。

こうすると一目瞭然ですが中部地方には地理的区分と言語的区分が大きくズレていることがわかります。
そしてそのズレにより
「中部地方で話されている言葉 ≠ 中部弁」
という式が成り立ちます。
なぜならさきほどのダナンの例のように地理的には中部に属してても話す方言は南部弁に分類されるといった地域が存在するからです。
これはほとんどのベトナム人も勘違いしています。
ベトナム人が通常tiếng miền trung(中部言葉)というと「地理的区分での中部地方で話されている言葉」という意味になりますが、実際の中部方言はゲアン省〜フエの地域で話されている言葉だからです。
地理的区分と言語的区分での「中部のズレ」があることをまず認識しなければなりません。
再定義
というわけでここでは中部のズレによる誤解を防ぐために、
- 中部弁、中部方言=ゲアン省〜フエまでの言語的区分の中部地域で話されている言葉
- 中部言葉(tiếng miền trung)=タインホア省〜ビントゥアン省までの地理的区分の中部地域で話されている言葉
というふうに再定義して今後中部方言を解説する際に使用していきたいと思います。覚えといてね!
まとめ
・地理的区分での中部はタインホア省からビントゥアン省までを指す。
・言語的区分での中部はゲアン省からフエまでを指す。
・ダナン以南の沿海中南部や中部高原地方は言語的区分では南部弁を話す地域になる。
・地理的区分と言語的区分での中部の定義がズレていることにより
「中部地方で話されている言葉 ≠ 中部弁」が成り立つ。
・中部弁、中部方言=言語的区分の中部地域で話されている言葉。
・中部言葉=地理的区分の中部地域で話されている言葉。
参考図書
・川本邦衛『詳解ベトナム語辞典』ベトナム語簡説
・冨田健次『ヴェトナム語の世界―ヴェトナム語基本文典』
・今井昭夫他『現代ベトナムを知るための60章』
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