ベトナム語の勉強をしている人なら一度は気になったことがある「声調記号はどこにつければいいのか」問題。
少しでも勉強を進めていけば声調記号は母音の上(か下)につけるということにすぐに気づくでしょう。
母音が1つしかない場合は迷いなく声調記号をつけられます。
しかし、母音が2つ以上ある場合はいったいどちらの母音に記号をつければいいのか迷ったことはありませんか?
例えばkhỏeとkhoẻ、正しいのはいったいどちらでしょうか?
本にはkhỏeと書いてあったりkhoẻと書いてある場合もあります。
母音が2つある時には何かしらの法則があるのでしょうか?
これはベトナム人に聞いても納得のいく答えは得られないでしょう。なぜかというと彼らは経験に基づいて無意識に書いているからです。
こういった問題は言語を客観的に見れる外国人研究者の方が得意です。
ベトナム語の専門書をひも解きながらこの疑問の正体を突き止めましょう。
日本語でおk
実はこの疑問にズバリ解答を出してくれている本が既にあります。
冨田健次先生の『ヴェトナム語の世界』(大学書林)のp35に以下のように書かれていました。
二重母音の場合、正書法上の「開音節」の場合は、最初の母音の上または下に、「閉音節」の場合は、2番目の母音の上または下に付すのが原則である。また、介母音が介在する場合も、主母音の上または下に付すのが原則であるが、正書法上の「開音節」の場合、ときに、介母音の上、または下に付されることもある。
この日本語を読んで「ほぉ〜、なるほどね」なんて思える人はベトナム語の専門家以外にはいないでしょう。普通の人には何を言ってるのかさっぱりわかりません。
今回はこの文章をしっかりと噛み砕いてみなさんにわかるように解説したいと思います。
ちなみにこの本は終始こんなかんじの文章が続くので軽い気持ちで読むとかなり痛い目にあいます。
しかし、この本を1からしっかりと読み進めていけば、ベトナム語の音声学、文法の専門知識やその奥深さが理解できます。
まさにヴェトナム語のディープな世界を知りたい人向けのかなりマニアックな本です。
①二重母音の場合 ia, ua, ưa→最初の母音につける
iê(yê), uô, ươ→2番目の母音につける
まず一文目の
二重母音の場合、正書法上の「開音節」の場合は、最初の母音の上または下に、「閉音節」の場合は、2番目の母音の上または下に付すのが原則である。
という文の解説をしましょう。
二重母音というのはこのブログで以前に解説しています。
二重母音とは二つの連続する母音が一つの音のかたまりとなっているものをいい、ベトナム語ではia, iê(yê), ua, uô, ưa, ươの6つがあります。
ベトナム語には母音が二つ連なる場合が他にもたくさんありますが、上の6つ以外は二重母音とは呼ばないということに注意しましょう。
この6つの二重母音のうち、「開音節」の二重母音はia, ua, ưaで、「閉音節」の二重母音はiê(yê), uô, ươです。
ざっくり説明すると開音節とは「子音で終わることば」、閉音節とは「母音で終わることば」という意味です。
しかしベトナム語の場合は実際の音とアルファベット表記が一致しておらず、音素や音韻記号の知識がないとベトナム語の「開音節」「閉音節」の分類はできません。
なのでここでは単語の意味は気にせず、「開音節」「閉音節」という分け方があるんだなぁ、くらいに思って下さい。
要するに、ia, ua, ưaの場合は最初の母音に声調記号をつけ、iê(yê), uô, ươの場合は2番目の母音につけるということです。
(例)
・ia, ua, ưaの場合
mía, mùa, lừa
・iê(yê), uô, ươの場合
tiếng, muốn, nước
②介母音の場合→2番目の母音につける
次に
介母音が介在する場合も、主母音の上または下に付すのが原則である
という文の解説をしましょう。
介母音に関する解説も既にしました。
介母音とは通称「わたり音」ともいい、単語の最初に来る子音と、メインの母音を仲介する橋渡し役の母音のことをいいます。
ベトナム語の介母音の全パターンは-oa, -oă, -oe, -uy, -uê, -uơ, -uâ, qua, quă-, que, quê, quơ, quâ-, qui(y)です。
介母音はこのパターンの「o」と「u」の部分を指すので、主母音と言われるメインの母音はその後ろについている母音ということになります。
つまり上のパターンの場合は2番目の母音に声調記号をつけなければいけません。
(例)
quý, thuế, thuở, đoán, luật
③単語の最後に-oa, -oe, -uyが来る場合はどちらの母音につけてもok
しかしここからが問題です。文の続きにはこう書かれています。
正書法上の「開音節」の場合、ときに、介母音の上、または下に付されることもある。
介母音の「開音節」とは-oa, -oe, -uyのパターンを指します。
このパターンが単語の最後に来る場合、介母音であるoやuの上に記号がつく場合もあるというのです。
これがkhỏeとkhoẻ、どちらが正しいか問題の答えになります。
つまり「介母音パターンは2番目の母音につける」法則に従えばkhoẻの形が本来正しいのですが、ベトナム人の古くからの習慣や、字の見た目のバランスの良さなどの理由からkhỏeの形で書く人が多いということです。
ですので、冒頭の問題の解答は「どちらも正しい」になります。
実際にベトナム語キーボードで主流のtelex方式ではkhỏeと打つパターンを古いスタイル、khoẻと打つパターンを新しいスタイルとしてどちらも設定することができます。自分の好みに合わせて設定しましょう。
(例)
・専門的な見地の法則に従った(新しい)スタイル=2番目の母音につける
toà, khoẻ, thuý, hoá, huỷ
・ベトナム人の古くからの習慣に従った(古い)スタイル=最初の母音につける
tòa, khỏe, thúy, hóa, hủy
④二重母音や介母音以外の場合→-◻i, -◻y, -◻o, -◻u(◻は母音)の場合は最初の母音につける
難解な文の解説は終わりましたが、母音が2つ連なる場合は二重母音や介母音のパターン以外にもまだたくさん存在します。
-ai, -ao, -ay, -au, -ưu, -ui, -ôi, -oi, -âu, -ây, -iu, -eo, -êuがそうです。
しかしこれらは「-◻i, -◻y, -◻o, -◻u(◻は母音)」パターンとしてまとめることができます。
これらのパターンの場合は最初の母音に声調記号をつけるというルールがあります。
ただし例外として-uyのみ②, ③の介母音パターンのルールに従います。
これはなぜかというと「-◻i, -◻y, -◻o, -◻u(◻は母音)」パターンの最後のi, y, o, uは音声学上は末子音として分類されるからです。見た目のアルファベットは母音ですが、音の分類としては子音扱いなので、手前の母音に声調記号をつけるしかありません。
(例)
rồi, tại, cứu, mỏi, mèo
まとめ ぶっちゃけた話、ルールは覚えなくていいよ
ここまで丁寧に解説しておいて言うのも何ですが、2つの母音の場合の記号の付け方のルールを躍起になって覚える必要はありません。
一つ一つ単語をしっかり覚えていけば母音のどこにつくかは自然とわかってきます。パターンのルールを覚えるくらいなら単語を一つでも増やしたほうがいいです。
ただ、どちらの母音に記号をつければいいのかなど正しいスペルを確認したい時に以下のまとめを参考にして下さい。
母音が2つある場合の記号の付け方全パターン まとめ
①二重母音の場合
・ia, ua, ưa→最初の母音につける
・iê(yê), uô, ươ→2番目の母音につける
②介母音の場合
-oa, -oă, -oe, -uy, -uê, -uơ, -uâ, qua, quă-, que, quê, quơ, quâ-, qui(y)→2番目の母音につける
③介母音の-oa, -oe, -uyの場合
単語の最後に-oa, -oe, -uy→どちらの母音につけてもok
④「-◻i, -◻y, -◻o, -◻u(◻は母音)」の場合
-ai, -ao, -ay, -au, -ưu, -ui, -ôi, -oi, -âu, -ây, -iu, -eo, -êu→最初の母音につける
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